脊髄損傷が
治る4人と
治らない6000人
脊髄損傷は一生治らない──そう言われてきました。ですが2025年完全マヒから運動機能が戻った人が現れたのです。ただ、繋ぎ直せるのは切れた配線まで。脳そのものの細胞は一度死ぬと二度と作られずそれっきりです。
「治らない」はもう古い
脊髄損傷イコール一生車椅子。そう刷り込まれてきました。ですが麻痺の正体を見ると話が変わります。
脊髄は脳から手足へ命令を運ぶ神経の束です。事故でここが切れると命令が届かず手足が動かなくなります。
壊れているのは配線であって脳ではありません。脳は今も正常に「手を動かせ」と命令を出しています。その信号を届ける線が途中で断たれているだけなのです。
問題が「配線」にあるならやることは一つです。切れた線を繋ぎ直せば良いのです。
配線が繋がり始めた
2025年3月慶應大のチームがある臨床研究の結果を発表しました。
iPS細胞から作った神経のもとになる細胞を約200万個完全マヒの患者の損傷した脊髄に直接移植したという研究です。対象は損傷から2〜4週間の完全マヒ患者4人。
結果4人のうち2人に運動機能が戻りました。1人は自力で立てるようになりもう1人は食事の動作ができるまでになっています。
切れて二度と繋がらないとされた配線が繋がり始めました。これは比喩ではなく臨床で起きたことです。
だが死んだ脳細胞は別だ
配線が繋がるのは脳という本体が無事だからです。
では脳そのものが壊れてしまった場合はどうなるのでしょうか。
植物状態になるとお金をかけても技術を尽くしても効果が急に薄くなります。理由はひとつ。脳のニューロンは一度死ぬと基本的に再生しないからです。
肝臓は70%を切除しても数ヶ月で元のサイズに戻ります。何度でも作り直せる臓器です。ですが脳のニューロンは基本的に分裂せず損傷したら二度と戻りません。脳だけは作り直しがきかないのです。
なぜ脳だけが再生を捨てたのか。理由ははっきりしています。脳は「あなた自身」を保存している臓器だからです。記憶も人格も技能も細胞を入れ替えれば消えてしまう。だから脳は再生ではなく保存を選びました。
さらに脳が死んでいなくても戻せない場合があります。脳自体は生きて働いているのにその働きを体の動きとして出す経路だけが断たれているケースです。植物状態と診断された患者の脳を精密に調べるとその一部は実際には起きていることがわかっています。確認方法はこうです。健常者に「テニスをする様子を思い浮かべてください」と指示すると運動をつかさどる脳の部位が反応して光ります。2024年命令に反応できない植物状態の患者241人に同じ指示を出したところ約25%でfMRIやEEG上に健常者と同じ反応が現れました。指示が聞こえていて頭の中でちゃんとテニスを思い浮かべられているということです。
意識はあります。ですが体へ出す出力だけが断たれています。そこから抜け出す方法は今のところ見つかっていません。従来の画像研究でも植物状態の最大15%にこの隠れた意識の兆候が見つかっています。「反応がない」と「意識がない」は同じではありません。
配線は繋ぎ直せます。ですが死んだ本体は戻せません。この境目がお金と技術の限界そのものです。
治せる。だが届かない
そして繋がり始めた配線にも別の壁があります。
脊髄損傷は日本で毎年およそ6000人が新たに負傷します。この臨床研究で治療を受けられたのは4人。年6000人に対して4人です。
しかも「治った」ではありません。正確には「回復の可能性が示唆された」段階です。実用化され誰もが受けられるようになるまでにはまだ長い時間がかかります。
治せるかどうかの時代は終わりました。ですが今度はいつ誰に届くのかという時代が始まっただけです。
治せるかどうかの時代は終わった。
いつ誰に届くのかの時代が始まっただけだ。
配線は繋ぎ直せると分かりました。完全マヒから立った人が現実にいます。ただ年6000人のうち届いたのは4人。そして死んだ脳細胞にはその順番待ちの列すら存在しません。希望が嘘だという話ではありません。ただその順番を待つ列があまりに長くて先が見えないだけなのです。