大事な思い出ほど
作り変えられている。
記憶は録画ではありません。思い出すたびに作り直されています。
つまりいちばん鮮明で大事な思い出ほどいちばん何度も上書きされた版なのです。原本はもうどこにも残っていません。
思い出すと記憶は一度不安定になる。
多くの人は記憶が金庫にしまわれていて開けるたびに同じものが出てくると思っています。でも脳はそういう作り方をしていません。
思い出すとその記憶は一度不安定になります。脳は細部を全部は保存していないので足りないところを「いま手元にある情報」で埋めます。今の気分。あとから知った事実。誰かの一言。それらが混ざったうえで、また保存し直されるのです。
たとえるなら思い出は再生ではなく再録音です。あるいは開くたびに編集できてしまうWikipediaのページ。次に開くと前回いじった版が出てきます。
何度も思い出した記憶ほど原本から遠い。
何度も思い出した記憶ほど上書きの回数が多くなります。大事で繰り返し語ってきた思い出ほど原本から遠いのです。逆に長いあいだ放っておいた記憶のほうが、手つかずで原本に近いこともあります。
「あの日のことは、昨日のように鮮明に覚えている」。その鮮明さは正確さの証拠ではありません。何度も再録音してきた証拠かもしれないのです。
これは実験でも示されています。心理学者ナイサーは、スペースシャトル・チャレンジャー爆発の翌朝に学生へ「どこで知ったか」を記録させ、2年半後に同じ質問をしました。多くの学生は鮮明に覚えていると確信していました。ところが全細部が一致した報告は7%未満。しかも自信の強さと正確さのあいだに相関はありませんでした。9.11のような出来事でも同じです。鮮明で確信のある"フラッシュバルブ記憶"ほど、本人が気づかないまま静かにズレていきます。
恐怖を思い出させた瞬間に記憶は消えた。
これは比喩ではありません。実験で確かめられています。2000年、ネズミにある音を聞かせると電気ショックが来る、と覚えさせました。音を聞くと怖がります。
次にその恐怖を思い出させた瞬間に記憶を固め直すのに必要なタンパク質の合成を止める薬を入れました。すると恐怖が消えたのです。思い出した瞬間、記憶は一度ほどけて、書き換え可能な状態になっていました。
この仕組みはいまPTSDの治療にも応用されはじめています。安全な場所でつらい記憶を思い出させ脳が固め直すあいだにその感情の強さをやわらげるのです。不安定になる時間は、思い出してから数時間ほど。同じ実験では、薬を直後に入れると恐怖は消え、6時間後に入れると効きませんでした。
確信に満ちた記憶が無実の人を刑務所へ送ってきた。
これは個人の思い出だけの話ではありません。書き換えられた記憶は現実に人を裁いてきました。DNA鑑定でくつがえった冤罪のおよそ7割に目撃証言の誤りが関わっています。
心理学者ロフタスの実験では4分の1から3分の1の人が実際には一度もなかった「子どものころ迷子になった」記憶を細部までありありと語りました。
質問の言葉ひとつで記憶が変わる瞬間も、実験で直接とらえられています。ロフタスは被験者に同じ自動車事故の映像を見せ、片方には「激突(smashed)したとき」、もう片方には「接触(hit)したとき」と動詞だけ変えて速度を尋ねました。激突と聞いた側は速度を高く見積もり——さらに1週間後、実際には映像に映っていなかった「割れたガラス」を見たと答えた人が倍近くにのぼりました。質問に混ざったたった一語が、後から記憶の中に無いものを描き込んだのです。
確信が本物でも出来事が本物とは限りません。だから自信たっぷりの目撃者ほど説得力はあっても正しいとは限らないのです。
「あなた」は書き換わり続ける下書きだ。
FILE.01で書きました。脳は「あなた」を保存している臓器だと。ただその保存は完全ではありません。読むたびに書き換わる保存なのです。
あなたという人間は編集され続けている下書きの上に成り立っています。どこにも手をつけていない原本はありません。しかも同じ仕組みで人は嘘の記憶すら信じ込みます。「確かにそうだった」という確信の強さと本当にそうだったかは、まったく別の話なのです。
覚えていようとするほど
本物から遠ざかる。
あなたのいちばん大切な思い出はいちばん編集されています。それは嘘という意味ではありません。ただ思い出すという行為そのものが少しずつ原本を塗り替えていきます。もう戻せません。脳は保存ではなく書き直しでできているのです。